私が子供の頃、メルヘンな雰囲気の絵の少女漫画が多かった。
絵本でも、メルヘンチックなのがあったなあ。
一番に思い出すのは、いわさきちひろの絵本。
水彩画の透明感がなんとも個性的で、メルヘンチックだった。
男子の中にさえ、いわさきちひろファンっていた。
でも、高校生くらいになると、そういうのが甘ったるすぎて嫌になってきてたなあ。
3年の頃は特に心が肌荒れ起こしたみたいになってたなあ。
たぶん、バイトで過労気味だったんだろう。
そういう時って、メルヘンチックなものを愛でるという余裕もなくなってくるのよねえ。
年取ってからもそうだ。
無理してる時には、メルヘンチックなものって、なんか嫌味に感じてしまう。
無理しなくなったら、少し変化が出てくる。
キツキツだったところが、少しゆるんでくる。
『この仕組みを若い頃、教えてくれる人がいてくれてたらなあ〜』って、年食ってからたまに思う。
だから、自分が若い子と接する時には、その点は配慮してきたつもり。
自分がされて嫌だったことは、下の者にはしないよう心がけてきた。
でも、そのたび感じてきたことだが、配慮がきちんとなされると、そのありがたさって感じられずに「当たり前」と受け止められがち。
実際、全然、当たり前ではないんだけども。
なんなら優しさにつけ込んでこられるような場合も。
(その若者の親まで甘えてくるってケースも幾つかあった。
この世の中、変な人多過ぎ。。。
自分の人権ばっかり主張して、他人の人権侵害して平気なタイプよ。。。)
配慮を当たり前に感じて育った人が、じゃあ、自分が配慮せねばならない立場に置かれた時に配慮出来るかと言えば、そうじゃないんだなあ、これが。
で、凸凹の時代を代々繰り返すんだろう。
人間社会って、最初から瑕疵がある。
なぜなら、人間に欠陥が最初からあるから。
どこか、異常に欲深いのよねえ。
他の動物は、そこまでじゃないのになあ。
人間界って、メルヘンとは逆なものよ。
自分は助けられたいけど、自分は助けようとはしない... ほとんどがコレ。
で、たぶん、その延長線上に戦争があるんだろうなあ。
あれだけナチのユダヤ人虐殺を訴えていたところが、パレスチナ人に対してはどうよ?
虐殺者じゃないか!
どこか遠い世界のことのように日本では思えてるけれど、さて、これからどうなることやら。
たぶん、感じているほどには、そんなに遠くではないんだろう。